Kitriの5年間を詰め込んだ、色彩と音楽の空間
『Kitri Live 2024 “Five years pieces”』ライブレポート
『Kitri Live 2024 “Five years pieces”』2024/9/21(土) 京都教育文化センター
9月21日(土)、姉のMonaと妹のHinaによるユニット・Kitriが、京都教育文化センターにてメジャーデビュー5周年を記念したワンマンライブ『Five years pieces』を開催した。これまでのKitriの軌跡を辿りつつも、最新のクリエイティブも提示した、濃厚で特別な夜となった。今回はそんな一夜限りの素敵なライブの様子をレポートしよう。
今回の公演は、“Five years pieces=5年分の作品”というタイトルが冠された通り、2019年のメジャーデビュー以来、彼女たちが作り上げてきた楽曲たちと、開催してきたライブたちのピースをギュッと詰め込んだ、現時点の集大成とも言えるものだった。
会場は京都府左京区にある京都教育文化センター。京都府公立学校の教職員が力を合わせて1964年に設立した文化施設だ。佇まいからも60年の歴史を感じる、趣のあるホール。京都在住のKitriにとっては、地元での公演ということで特別感はひとしお。ロビーには、関係者から届いた5周年を祝うお花がたくさん並んでいた。
ステージには、下手にグランドピアノ、中央に2台のキーボードやシンセ、上手にチェロ、ギター、マンドリンがセッティングされていた。この日サポートをつとめるのは、2019年〜2022年まで年に2回ずつ行われたワンマンライブ『キトリの音楽会』にもずっと出演していた羊毛(Gt.&Mand./羊毛とおはな)と吉良都(Vc.)。Kitriとは気心の知れた関係性だ。
ライブはKitriのデビューからの歩みを辿るように、アンコールを除く全3幕のパートから構成された。MCはほとんどなし。パートごとに衣装を変えながら、丁寧に、ある種ストイックに、約2時間のライブを走り抜けた。
ケイト・ブッシュの『Night Scented Stock』が流れ、MonaとHinaが登場すると、客席は大きな拍手でふたりを迎える。第一幕のテーマは“Rouge”。Kitriのデビュー当時のイメージカラーである“赤”のワンピースを身に纏い、グランドピアノ前に置かれた長椅子にふたりで腰掛ける。照明によって赤く染められたステージで、早速連弾を奏で始めた。左側に座ったMonaが低音域を、右側に座ったHinaが高音域を担当し、各々フレーズをループさせていく。徐々に強度を増す波のような高音の美しさに浸っていると、赤い衣装を着た羊毛と吉良がジョイン。一気にサウンドの厚みと表情が変化し、MonaとHinaの<ハーァー>というコーラスが重なって最高の高まりを見せたかと思うとパッと演奏が止み、余韻が会場を包み込んだ。
Hinaがピアノを離れ、ステージ中央にハの字型に置かれたキーボードの前へ移動すると、Monaの前奏から始まったのは『Akari』。伸びやかで少しかすみのかかったMonaの歌声は、美しくどこか寂しさも感じられる。Hinaはコンサティーナを弾きながら柔らかくコーラスを重ねていき、羊毛と吉良はふたりの演奏をしっかりと支えながら、息ぴったりで4人で良い空気を作っていった。
Monaはピアノに座ったまま後ろを振り向き、「皆さん、今日はKitri『Five years pieces』にようこそお越しくださいました。今日は一緒に楽しい時間にできたら嬉しいです。ぜひたくさんたっぷり楽しんでください」と笑顔を浮かべ、控えめな声量で挨拶した。Hinaもニコニコ微笑む。ふたりともはんなりおっとりした雰囲気ながら、演奏中に見せる力強さや表現力のギャップがたまらない。
羊毛のカウントから始まったのは『水とシンフォニア』。Hinaは再びMonaの隣に座り、跳ねるように鍵盤を叩く。良質でポップなメロディーに爽やかなMonaの歌声が乗って会場を満たしていく。途中でグリーグ作曲の『ペール・ギュント組曲』の『朝』が組み込まれる展開も面白い。<ドラマチックな旅路><少しずつ行こう>という歌詞や、原曲よりも軽やかで疾走感のあるアレンジは、今日のライブの幕開けを祝福しているようにも感じ取れた。
続き、原曲のシャッフルビートの代わりに吉良のチェロがボトムに広がって不思議な無機質さを感じさせた『人間プログラム』、Hinaがボンゴを叩き、抜群のストーリー性と情熱的なハーモニーで異国感を醸し出した『赤い月』、超絶グッドメロディーと優しく染み渡る歌声、共感性の高い歌詞がリスナーの背中を押した『ヒカレイノチ』と、実にバラエティ豊かな楽曲たちを紡いでいく。
そして、まだ音源化されていないがファンの間でも人気の高い『時の詩』を、羊毛のギターに乗せて歌う。語るように歌う彼女の声には吸い込まれるような魅力があり、クライマックスに向けてパワフルになるアレンジに、オーディエンスはすっかり耳を潤し酔いしれたのだった。第一幕は2020年〜2021年にリリースされたアルバム『Kitrist』『Kitrist Ⅱ』の楽曲を中心にセットリストが組まれていた。MonaとHinaはスッと立ち上がり、ステージをはける。
照明が青に変わり、まるで海の底のような空間の中で、羊毛と吉良がゆったりと音色を奏でて場を繋ぐと、黒いワンピースに着替えたMonaとHinaが再び登場し、第二幕の“Noir”のパートへ。2022年に『キトリの音楽会』を一旦終了し、2023年夏から新たに始まった「Blanc Noir」シリーズへと歩みを進める。“黒い、暗闇、毒のある”という意味の“Noir”は、MonaとHinaふたりだけのステージで、デジタルサウンドを取り入れた楽曲や、Kitriの影の部分を感じる楽曲を演奏していった。
最初に演奏されたのは、未音源化の新曲だ。MonaとHinaはそれぞれキーボードとシンセの前に立ち、PCでの同期やコントローラーも使いながら、低音のデジタルビートをどんどん繰り出し、第一幕とは違う世界へとオーディエンスを連れていく。ピアノを弾いていた時は客席に背中を向けていたが、正面を向いたことでふたりの手元がよく見え、オーディエンスも“どこからこの音が鳴っているんだろう”と言わんばかりに、食い入るように演奏を見つめていた。曲の途中ではHinaがMonaのキーボードの隣に行って力強く連弾をする場面もあり、展開の多さに驚きを隠せない。壮大な世界観の中にどこかひんやりした印象を感じるナンバーだった。
続いては、TVアニメ『事情を知らない転校生がグイグイくる。』に書き下ろした『ココロネ』。Monaは打ち込みのビートに乗せてキーボードを弾き、なめらかに早口ボーカルを繰り出していく。後半のコーラスワークは思わずぞわりとするほどのテクニックが光り、ふたりのバックグラウンドに裏打ちされた実力をひしひしと感じることができた。Hinaがコントローラーを操ってルーパーのようにフレーズを繰り返す様子に目を奪われていると、いつのまにかシームレスに次の曲に移行していたことに気付く。
このパートでは1曲が終わってもサウンドを止めることなく、言わばクラブのDJのように曲間と曲間をキーボードやシンセで繋いでいった。ダイナミックなビートとループするキーボードのフレーズ、話すような歌い方が印象的な新曲の2曲目を経て、『矛盾律』へ。Monaの浮遊感のある歌声とメロの良さはもちろんながら、だんだん音階が高くなるHinaのコーラスとの融合には衝撃を受けた。<鮮やかな暗闇><ジャングルで神輿>など、相反するものや共存しにくいものを並べた歌詞、<火花で描き出す新たな1ページ><混ざり合って生まれた音>という表現を体現するような音数やギミックの多さ。まさに「音で遊ぶ」という表現がしっくりくる。同時に、ここではないどこかに連れていかれる不思議な気分になった。
このパートの最後を飾るのは『羅針鳥』。『矛盾律』も手がけた神谷洵平アレンジの楽曲だ。同期の指パッチンにHinaのリアル指パッチンを重ねるサウンドメイクも面白い。明るい希望が満ちていくメロディーラインで次なる第三幕への予感を抱かせて、第二幕を締め括った。
ビートが鳴り続ける中でMonaとHinaがはけると会場からは大きな拍手が贈られ、入れ替わりに白い衣装を着た羊毛と吉良がステージにカムバック。衣装チェンジの間、羊毛は即興的かつ超絶技巧のテクニックを惜しげもなく披露する。やがて吉良のあたたかくおおらかなチェロの音色が会場を包むと、白いワンピースに着替えたMonaとHinaが登場した。
第三幕は“Blanc”。“白い、空白、汚れのない”というテーマ。このまま第三幕の楽曲を披露するのかと思いきや、『羅針鳥』のラストの<ここからはじめまして あなたは羅針の鳥 ひたすら胸の中の音を頼りに飛んでいけ>から演奏を再開。『Blanc Noir』が2つのライブスタイルのハイブリッド型であったことから、2つのパートを地続きで終わらせた。
ここで久しぶりにMCタイム。Monaは「素敵な演奏をしてくださっているメンバーを紹介します」と述べて、まずは吉良を紹介する。Monaに「せっかくなので、ご自身でPRポイントをお願いします」と無茶振りされて戸惑う吉良は思わず羊毛に救いを求め、「吉良さんは頼みやすい」というPRポイントを得る。そのお返しに吉良は「羊毛さんのPRポイントはいっぱいありますけど、強いて言うなら、誰のチャーミングなところも見逃さずにすかさずツッコんでくれる」と、素が垣間見えるエピソードで和ませる。羊毛は2022年の『キトリの音楽会 #6 “三人姉妹”』に参加したのが吉良だけだったことについて不満そうにしていたが、その様子もなんだか愛らしく、4人の仲の良さがよくわかる時間だった。
『Blanc Noir』シリーズの“Melody Blanc”ではアコースティックスタイルでライブが行われたように、このパートでは全曲テンポ感を落としてゆったりと披露された。インディーズ時代にリリースした『opus 0』に収録された『リズム』に続き、“純潔・威厳・無垢”という花言葉を持つ『Lily』を極上のアンサンブルで演奏すると、チェロの響きが壮大な世界観を作り上げ、MonaとHinaのボーカル&コーラスの実力が存分に発揮された『実りの唄』を迫力たっぷりに演奏。さらに大橋トリオがプロデュースを手がけた『バルカローレ』、カバーアルバム『Re:cover 2in1』から、たまの『パルテノン銀座通り』を一言ずつ丁寧に、語りかけるように歌い上げた。それはあまりにも繊細で、いつまでも聴いていたくなる素晴らしい時間だった。
本編最後の曲は、2作目のEP『Secondo』から、『終わりのつづき』。奏でられるピアノもチェロも歌声もただただ優しく、美しい。<願いごと たくさんある 諦めない 触ってみるまで>という歌詞は、5周年という節目を迎えたKitriの今後の活動やクリエイティブに対する決意のようにも感じられて、じんと胸が熱くなった。
盛大に贈られた拍手はすぐさまアンコールへと変化する。ステージに呼び戻されたMonaとHinaは「7月にリリースされた新曲を歌いたいと思います」と、TVアニメ『義妹生活』のED主題歌『水槽のブランコ』を、同期も用いながらふたりだけで堂々と歌い上げた。後半に登場するMonaのポエトリーも、Monaを追いかける形でコーラスするHinaも本当に素晴らしかった。
改めて羊毛と吉良を呼び込むと、MonaがKitriの自画像を描いた5周年記念グッズのTシャツを着て登場。嬉しそうに頬をゆるませたMonaは改めて「5周年ということで、まず地元の京都でライブをやらせていただけてすごく嬉しいですし、私たちの音楽を聴きに来てくださるのが励みになっています。いつも言ってるんですけど、面白い曲をどんどん聴いてもらえるように頑張っていきたいと思っています。5年目、まだまだ始まりなので、新しいKitri、変わらないKitri、どちらのKitriも見ていただけたらと思っています」と挨拶した。
5周年ライブを締め括るのは、2022年に公開された映画『凪の島』の主題歌として書き下ろされた『透明な』。囁くように歌うMonaの声に、連弾しながら優しく寄り添うHinaのコーラス。楽曲にきらめきを与える羊毛のマンドリン、間奏で躍動感を増して抜群の存在感を発揮した吉良のチェロ。泣きそうになるほどの切ない高音とメロディー、そして透明感はどれをとっても最高に幸せで、音の一粒も取りこぼしたくないと思ってしまうほどだった。
全ての演奏を終えた4人はホッとしたように笑顔を浮かべ、三方にお辞儀をしてステージを去る。そんな4人の背中が見えなくなってもなお、客席からの拍手はしばらく鳴り止まなかった。
こうしてKitriのメジャーデビュー5周年を記念した『Five years pieces』は、大団円で幕を閉じた。クラシックをベースに置きながら、様々なジャンルをクロスオーバーさせ、新しく面白い音楽を生み出してきたKitriの実績と実力が存分に伝わる濃密なライブであり、機材を操りながら変幻自在にアレンジを織り込むポテンシャルの高さを、改めて感じられるライブでもあった。自分たちの音楽の可能性を信じて進むKitriの歴史は、これからも続いてゆく。
- Kitri Live 2024 “Five years pieces”
2024/9/21(土)京都教育文化センター
【セットリスト】
1.Akari
2.水とシンフォニア
3.人間プログラム
4.赤い月
5.ヒカレイノチ
6.時の詩
7.新曲1
8.ココロネ
9.新曲2
10.矛盾律
11.羅針鳥
12.リズム
13.Lily
14.実りの唄
15.バルカローレ
16.パルテノン銀座通り
17.終わりのつづき
EN1.水槽のブランコ
EN2.透明な
セットリストプレイリスト
https://kitri.lnk.to/Fiveyearspieces
(2024/10/1掲載)