Kitri Debut Live Tour 2019
「キトリの音楽会#1」 2019/02/01(金) JZ Brat SOUND OF TOKYO ライブレポート
今年1月、大橋トリオのプロデュースによる1st EP『Primo』でメジャー・デビューを果たした、モナ&ヒナの姉妹によるピアノ連弾ユニットKitriが2月3日、東京・渋谷の「JZ Brat Sound of Tokyo」にてライブを行った。
本公演は、彼女たちが「キトリの音楽会 ♯1」と銘打ち、全国4カ所で開催してきたデビュー・ライブ・ツアーの一つである。会場に到着すると、ステージ中央にはフルサイズのグランドピアノが置かれ、その周りにアコースティック・ギターやクラシック・ギター、そしてカホンなどのパーカッションが配置されている。客席から手を伸ばせば届きそうな距離で、これから行われる「音楽会」に、集まったオーディエンスたちの期待は自ずと高まっていた。
定刻となり、モナとヒナがステージに姿を現すと驚きの声が小さく上がる。小さな白いボタンの付いた赤いブラウスに、赤いサスペンダースカート、そして赤いヴェルヴェットのパンプスという揃いの服に身を包んだ2人が並ぶと、まるで双子のよう。ピアノの前に置かれた長椅子に並んで座り、まずは連弾によるクラシック曲「スペイン風の踊り」を披露 。ピアノに向かって左が姉のモナ、右が妹のヒナで、それぞれ低音部、高音部を担当している。
まず驚いたのは、2人の連弾が音源で聴いているよりも、ずっとパワフルでダイナミックだったことだ。まるでハンマーを打ち鳴らすようなモナの左手と、蝶の羽のように軽やかに舞うヒナの右手。もう片方の手は時々鍵盤の上で交差しながら、複雑だが奥行きと広がりを感じさせるハーモニーを奏でている。息を合わせ、一方が表拍を、もう一方が裏拍をものすごいスピードで交互に打鍵する様は、まるでバリ島のガムランを見ているようだ。
「今日は『キトリの音楽会 ♯1』にお越しくださってありがとうございます。短い時間ではありますが、ぜひお楽しみください」
モナがそう短く挨拶し、続いて演奏したのは『Primo』から「細胞のダンス」。スリリングかつリズミカルなピアノのリフの上で、モナの少しハスキー気味のウィスパー・ヴォイスがたゆたう。そこに、透明感あふれるヒナのハーモニーが重なると、期待と不安が入り混じったような、えもいわれぬ高揚感が体の内に湧き上がってくるのを感じる。
続く「一新」は、間奏に「G線上のアリア」(バッハ)の一節を組み入れたバロック調の楽曲。平歌では高音パートをハモっていたヒナが、サビでは低音パートへ移動するなど、高校時代に合唱部で本格的に声楽を学んだ彼女ならではの、凝ったコーラスワークも聴きどころの一つだ。しかも、メジャーとマイナーを行き来しながら進んでいく複雑な和声の中で、それを事も無げにサラリとこなしており、彼女のピッチの正確さに改めて驚かされる。
演奏だけでなく、MCでも息の合ったところを見せる2人。「今日は是非、覚えて帰っていただきたいことがあって。私たちは(容姿が)似ているのでよく『双子ですか?』と聞かれるんですけど、『姉妹です』ということをお伝えしたいと思います」とヒナがトスし、「それが今日、一番言いたかったことかな、と思っています」とモナがレシーブすると、会場は和やかな笑いに包まれた。
次に演奏した「sion」では、モナが1人でピアノを弾き、途中からヒナがカホンでリズムを支えた。このシンプルで美しいアンサンブルでは、モナの歌声がよりクリアに聞こえたが、儚げなようで実は芯のある彼女の声が、Kitriの魅力の一つであることを改めて強く感じた。
ライブ中盤は「カヴァー・コーナー」と称し、様々なジャンルの楽曲をKitri流に料理してみせた。大正時代の童謡「ペチカ」で再び連弾スタイルに戻った2人は、休符を活かした幾何学的なアンサンブルで、ペチカの火がパチパチと音を立てながら徐々に広がり、そしてまた消えていく様子を見事に表していく。
続く昭和の歌謡曲「林檎殺人事件」では、ヒナが途中でループ・マシン(フレーズをループさせるエフェクター)を操り、カホンのリズムを延々とリフレインさせた上で、アコギとピアノを絡み合わせる。ループのタイミングが若干ズレてしまってテンポを合わせるのが大変そうだったが、その初々しさもまた新鮮だった。そして平成のJポップ「硝子の少年」は、重たいシャッフル・リズムへと大胆にアレンジ。オリジナル曲の持つ“哀愁”をさらに際立たせていたのが印象的だった。
ちなみにこのカヴァー・コーナーでは、打ち合わせもなくいきなり曲順を変えるマイペースなモナと、そんな姉を慌てることなくフォローするしっかり者のヒナという、2人のキャラの違いがはっきり分かる微笑ましい1幕もあった。
「次の曲は、Kitriのチャレンジを込めた1曲です」
そうモナが紹介したのは、前回の大阪公演(1月25日)から演奏しているという新曲「矛盾律」。まるで暴走するメリーゴーランドに飛び乗り夜空を駆け巡っているような、カラフルでサイケデリックなコード展開とハーモニーに軽い目眩を覚える。曲の途中、さっきまでピアノを弾いていたモナがおもむろに立ち上がり、ステージ中央のマイクへ。ヒナと一緒に、カスタネットやハンドベル、ギロなどのパーカッションを1フレーズずつ交互に鳴らし、それをループ・マシンで次々と重ねていく。再びピアノに戻ったモナと、アコギを抱えたヒナが、そのループ・マシンのリズムに合わせて摩訶不思議なコードを響かせエンディングを迎えると、会場からはひときわ大きな拍手と歓声が巻き起こった。
爪弾くガットギターの温かい音色が、まるで傘に当たる雨音のような「傘」、エイミー・マンの「One」を彷彿とさせるコード進行が印象的な「リズム」と畳み掛け、彼女たちの代表曲であり「決意表明の曲」という「羅針鳥」を披露。レコーディングされた音源では、神谷洵平(赤い靴)によるダンサンブルなアレンジが印象的だったが、ピアノの連弾のみで聴くと、モナとヒナの声質の違いや、モナの書くメロディの美しさ、そして合計20本の指で演奏されるピアノの、まるでオーケストラのような迫力が、より際立ち圧巻だった。
本編最後は、童謡「この道」のカヴァー。ヒナがピアニカを吹くこの曲は、彼女が子供の頃に親しんだというディズニーの映画音楽や、久石譲、吉俣良らの影響が随所に感じられるアレンジだった。鳴り止まぬアンコールの中、再び登場した2人は、ベートーヴェンのフレーズを随所に忍ばせた遊び心溢れる「LIFE」を演奏。
「こうやって聴きに来てくださっている方のおかげで私たちはライブが出来るので、本当にありがたいなと思います。これからもっともっと成長していけるように頑張りますので、応援よろしくお願いします」とモナ。「本当に温かく見守っていただいて、本当に楽しいライブが出来ました。ありがとうございます。また皆さんにお会いできるように頑張ります」とヒナが挨拶すると、会場から大きな拍手が。最後に未発表曲の「名残」を演奏し、大盛況のうちに幕を下ろした。
高度なテクニックに裏打ちされた、姉妹による一糸乱れぬピアノの連弾と、1小節ごとにハッとさせられるマジカルなハーモニー。その2つを基軸としながら新たな試みにも果敢に挑み、クラシックはもちろん童謡、昭和歌謡、フォーク、ソフトロック等々、どんなジャンルもKitri色に塗り替えてしまうオリジナリティの高さに何度も唸らされた。まだまだ荒削りな部分も含め、2人がこれからどのように成長していくのか楽しみでならない。
テキスト:黒田隆憲 / 写真:藤井拓
(2019/2/4掲載)