音盤中毒患者のディスク案内

音盤中毒患者のディスク案内 No.77

クラシックメールマガジン 2019年12月付

~甘く見ると火傷するぜ ~ 日本の詩(うた) 小林沙羅(S)/河野紘子(P)ほか~

気がつけば、もう12月です。本年最後の当コーナーでは、ソプラノ歌手の小林沙羅がリリースした3枚目のソロ・アルバム「日本の詩(うた)」をご紹介します。
文字通り日本語の詩につけた歌を集めたもので、「うみ」「この道」「故郷」「早春賦」「赤とんぼ」「荒城の月」「ペチカ」といった誰もが知る童謡や唱歌に加え、橋本国彦、早坂文雄、宮城道雄、越谷達之助、武満徹の作品、そして、中村裕美と小林自身が書いた新作が全16曲収められています。
ピアノ伴奏は前作同様に河野紘子。宮城道雄の歌では澤村祐司の箏、見澤太基が尺八で参加し、2019年9月に高崎芸術劇場で録音されました。
このアルバムを聴いて強く印象に残ったのは、小林の声楽家として、音楽家としての著しい進歩ぶりです。
どの曲でも、彼女の持ち前の美声には磨きがかかり、豊かさを増している。特に高音での声の厚みと質感には目を瞠るものがあります。また、ヴィブラートが過剰になるのを戒めるとともに、歌い始めの子音を明瞭に発声することで、言葉と旋律をクリアに聴き手に届けてくれています。言葉がはっきり伝わるのは以前から小林の歌の長所でしたが、ここに来てさらに長足の進歩を遂げているように感じられます。
そして、音楽への向き合い方が、より自然なものになっているのがこころに残ります。これまでの彼女の歌は、自分はこれこれこういう歌を歌うのだと姿勢を完璧に作ってから、音楽を自分の中に迎え入れるようなアプローチが多く、それがある種の演劇性を歌に与え、独特の魅力を生んでいました。
それに比べ、今回のアルバムでの小林は自分自身が音楽の内部に入り込み、音楽そのものになりきっている、そんなありようの変化を感じさせます。
顕著な例として、トラック8の早坂文雄の「春夫の詩に拠る四つの無伴奏の歌」の第1曲「うぐひす」を挙げます。
海辺の宿に一人佇む主人公。会えぬ恋人に思いを寄せながら、うぐいすの鳴き声に耳を傾けている。そんな情景を詠んだ佐藤春夫の詩に、早坂は音域の広い音の動きをつけ、技巧的なアカペラ作品に仕立て上げています。何度も繰り返される「うぐいす」という言葉は、そのたびに音型を変え、細やかな陰翳をつけながら、海を見下ろす宿の風景の広がりと、詩の主人公の心の高まりを映し出す。
小林はこの歌を情感を込めて歌っていますが、音楽の外側から表現の枠を作っているような様子はまったくうかがえません。一つ一つの言葉に同化してしまうことで、時には恋人を想う主人公となり、時には海となり波となり、時にはうぐいすになって美しい声で鳴く。そうやって、音楽に内在する複数の視点を移動しながら、歌の世界をくまなく映し出しているかのようです。その艶かしくも切ない音の風景に、私は目眩を覚えるほどに感銘を受けました。
もう一つ、私が心を奪われたのは、中村裕美が高村光太郎の「智恵子抄」の詩に曲をつけた「或る夜のこころ」。
光太郎の詩の言葉は難解で、具体的にどんな事象を指しているかは分かりません。ただ、7月に夜にポプラの林に香るシクラメンなど不可解な描写の中で、若い男女の中に抑えがたい激情が湧き上がっていることだけは何とか分かる。
中村がこのシュールな詩につけた音楽は、オペラのレシタティーヴォのような語りと、幅広く歌い上げる美しい旋律を交錯させながら、ドラマティックな展開を見せるものです。突き抜けるような絶頂に達した後、言い知れぬ虚しさの中で謎めいた呟きを口にして突如終わる。
ここでも小林は詩と音楽が一体となった炎の中に入り込んで、詩人の内でメラメラと燃えさかるエロスと狂気を歌い上げています。「こころよ」と幾度となく呼びかけるクライマックスでは、並外れた音楽の強度に仰け反ってしまう。彼女がドシンと床を踏み鳴らす音も聴こえてきて、自身の全存在を賭けたような只事ではない表現こそは、このアルバムの最大のハイライトではないでしょうか。
橋本国彦の「お六娘」もいい。
古い言葉を使った民話風の詩で、村娘にあしらわれた村の若者を月が見て笑うといった内容。和風でユーモラスな音の動きが印象的な曲で、「ござる」の連呼が聴いた後もずっと尾を引くでござる。
この曲を彼女はどちらかというとシリアスな表情をつけ、ドラマティックに歌っていて、それがむしろ可笑しい。特に「何かひそひそ 話してござる」「口笛(ふえ)もつぶてもきかぬでござる」といったフレーズで音を短く切って語気を強め、鬼気迫るような歌いこみを見せるあたり。その吹っ切れたような弾けた表現は、小林の成熟の賜物でしょう。
この「日本の詩」というアルバムの魅力には、選曲の面白さもあります。
まず、彼女の曽祖父にあたる詩人、林柳波の詩による曲が収められているのが興味深い。具体的には、前述の橋本国彦の「お六娘」と、井上武士の「うみ」の二曲。
このうち後者は「うみはひろいな おおきいな」で始まる唱歌です。誰もが一度は歌ったことがあるのではないでしょうか。
今回、林柳波のことを調べて初めて知ったのですが、この「うみ」が書かれたのは1941年、日中戦争の真っ只中で、日米開戦前夜の頃。子供たちが海に憧れを抱くような歌を、という注文を軍部から受けて作られたのだそうです。
詩も曲も、そうと知らなければ戦争とはまったく結びつかない牧歌的な歌です。しかし、曲の成り立ちを知って、受ける印象は一変してしまいました。特に、三番の「いってみたいな よそのくに」という歌詞を、私はどう受け止めれば良いのでしょうか。後に中国や東南アジアで戦争を起こした日本の歴史を思うとき、どうにも割り切れないモヤモヤしたものを感じてしまうのです。
林自身は生前、童謡は教育するためのものではない、子供と一緒に遊ぶ気分が作者の心なのだと述べていたそうです。穏やかな言葉を散りばめた「うみ」の詩は、小林の言葉を借りれば、子供たちの「初めて海を見た素直な感動や憧れ」を表現したもの。不穏な時代にあって、当局の要請には忖度しながらも、ギリギリの良心の抵抗を込めた詩と捉えられることもできるでしょうか。
事実、小林の歌うのびやかな「うみ」を聴いていると、ゆったりした曲想もあってか、その歌の背後には、やはり子供たちに大人たちの国土拡大の野望を植え付けようとする意図は微塵も感じられません。夕焼けの海に輝く船を見ながら、地平線の先にあるまだ見ぬ異国に憧れる、ただただその心の風景があたたかく描かれた曲としか思えない。
もし軍国少年少女を育てることが目的の歌なら、詩も音楽ももっと勇猛で威勢の良いものになるはずです。「ひがしずむ」などという言葉も出てこないでしょう。当時の日本は「日出ずる帝国」だったのですから。
林が戦時中に作った唱歌の中には、「おうま」があります。これもまた軍部から軍馬の曲を作れと指示されて書いた詩ですが、そこに登場するのは「ぽっくりぽっくり歩く」馬の親子です。この曲の成立背景を調べると、林が軍部からの指示にそのまま従うことができず、悩んだ末、幼い子供が共感を抱きながら歌える、優しい歌に仕上げたとあります。
この一見素朴な唱歌が孕む、面従腹背的な多義性に思いを馳せて聴いてみると、林の胸中が察せられる気がして言い知れぬ感慨が湧きおこってきます。
しかも、林柳波が詩を書いたもう一つの収録曲「お六娘」の作曲者は、戦時中の日本の音楽界で重要な役割を果たしていた橋本国彦です。この曲自体は戦争とはまったく関連はありませんが、戦時中に多くの軍歌の詞を書いた林と、あの橋本がタッグを組んだ曲を、「うみ」と並べて聴くというのは、なかなかヒリヒリする体験です。
当盤には、武満徹がベトナム戦争の反対集会のために書いた「死んだ男の残したものは」が収められています。谷川俊太郎の痛切な言葉を、淡々とした運びの中でストレートに歌う音楽。林と井上が書いた「うみ」を思えば、戦中派と戦後派の芸術家のありようの違いが鮮明に見えてきます。視点を高くして考えれば、戦争というものが、いかに日本の文化芸術の奥深くにまで大きな影響を与えていたかが浮き彫りになっているとも言えるでしょうか。
小林自身は、自らのルーツとして曽祖父の詩につけられた曲を取り上げているだけかもしれません。しかし、当盤は、日本が歩んできた歴史の側面を映し出した鏡にもなっている。そうしたところにこそ、彼女の卓抜な選曲センスが表れていると私は思います。
次いで、尺八と箏の伴奏による宮城道雄の「せきれい」「浜木綿」が珍しい。
特に後者は宮城の遺作で、彼の命日は「浜木綿忌」と呼ぶのだそうですが、普段ほとんど聴く機会に恵まれないのは編成のユニークさゆえでしょうか。この二曲でも、小林は若い邦楽奏者たちの澄んだ演奏に乗って、しっとりとした「和」の抒情を味わわせてくれます。 こういう秘曲に属するナンバーを聴かせてくれるのは小林の得意とするところで、ファンには非常に嬉しい選曲です。
その他は、王道の名曲たちがずらりと並んでいます。それらがどういう基準で選ばれたのか、曲順に何か限定的な意味があるのかは分かりません。アンソロジー的な網羅性もあるけれど、それだけでは語り尽くせない複雑な味わいがある。
一つ言えるのは、アルバムのタイトルの通り、その詩の一つ一つが豊かな固有の生命をもったものであるということです。彼女は子供の頃から詩を朗読するのが好きだったそうで、ただ詩として優れたものを選んだという以上に、彼女自身の体験や見た風景の思い出など、とてもパーソナルなものから選ばれた愛唱歌たちなのでしょう。
だからこそ、彼女がどの曲に対しても深くて真摯な愛情と、襟を正すような敬意を抱いて歌っていることが痛いほどに伝わってきます。
中でも私の印象に残ったのは、「ペチカ」です。そう、北原白秋作詩、山田耕筰作曲の「雪の降る夜は 楽しいペチカ」と歌い出す、あの曲です。
ここで小林が「ペチカ」という言葉を「ペーィチカ」と発音しているのが耳を引きます。気になって調べてみたところ、後年、そのように歌うようにと山田自身が楽譜に細かな注釈をつけており、小林もその指示に従っているのだと知りました。そんな細かいところにまで配慮を行き届かせた小林の歌には、好感を持つと同時に、ある種の信頼感を抱きます。
ところで、「ペチカ」は、満州に渡った日本人たちの子供のために編纂された「満州唱歌集」に収められた歌です。書かれたのは満州事変より随分前ですが、満州の開拓は当時の日本の重要な国策でした。極寒の異国の地で生きる子供たちが、冬に楽しみを見いだせるようにと作られた曲ですが、後の歴史を知っている聴き手にとっては、これもまた複雑な思いを喚起せずにはいられない曲です。
言うまでもなく、小林はこの曲を選ぶことで、何か政治的な主張をしようとしている訳ではない。音楽に歴史や政治を持ち込んだということでもない。ただ、音楽を作ること自体が社会的な営みであり、時の政治とも、好むと好まざるに関わらず結びついてしまうこともある、という自明の真実が率直に提示されているということです。
アルバム最後の「ひとりから」は、小林が谷川俊太郎に作詩を依頼し、彼女自身が作曲した新作です。
地球という星で、人間は一人から二人、二人から三人とつながりながら、明日を、そして宇宙を目指して生きていく。そんな内容の詩に小林は明朗な旋律をつけ、未来への希望を万感の思いを込めて歌い上げています。
あらゆるものが死んだ後にはゆがんだ地球、私とあなた、そして今日と明日しか残っていないと歌う「死んだ男が残したものは」に続けて聴くと、この「ひとりから」はそのアンサーソングのようにも感じられます。ひらがなで書かれた肯定的な言葉のオンパレードは、人生のときを重ねてきた詩人の現在の心境を表現したものでしょうか。日本の歴史の明暗で編み上げられた当盤のラストとしてこの曲を持ってきたことに、小林の思いが集約されているのかもしれません。
河野紘子のピアノは、今回もまた実に素晴らしい。アルバム冒頭を飾る武満の「小さな空」の前奏からして、純度の高いみずみずしいタッチに魅了されてしまいます。小林の歌にぴったりと寄り添いながら、一つ一つの言葉の意味と響きにも敏感に反応して、きめ細かなニュアンスに溢れた音楽を生み出していく。そのたしかな手腕は「名伴奏者」のそれ以外の何者でもありません。小林との名デュオがいつまでも続いてほしいと願わずにいられませんが、魅力的な表情に出会うたびに彼女のソロを聴きたいという思いもまた募るところ。
思いつくままに書き散らしてきましたが、当盤をこれからお聴きになるという方には、一言こう申し上げたいと思います。
これを当たり前の「日本のうた」アルバムだと甘く見て聴くと火傷するぜ、と。この音盤は無数の刺激的な視座を孕んでいると同時に、小林という音楽家のあらゆるものが克明に刻み込まれたものだからです。構えて聴く必要はありませんが、ある程度の心の準備はしておいた方が良いと。老婆心ながら。
改元とラグビーに湧いた一方で、数々の災害に翻弄された2019年が暮れようとしています。私たちホモ・サピエンスは、来年をどんな一年にできるでしょうか。輝かしい今日がまた来ると思えるでしょうか。戦時中に「うみ」という唱歌が生み出された歴史を、「いつか来た道」としないと誓えるでしょうか。10代の少女に「よくもそんなことを」と怒りを向けられることのないように、地球の環境を守れるでしょうか。
良いお年を。
  • 粟野光一(あわの・こういち) プロフィール

    1967年神戸生まれ。妻、娘二人と横浜在住。メーカー勤務の組み込み系ソフトウェア技術者。8歳からクラシック音楽を聴き始めて今日に至るも、万年初心者を自認。ピアノとチェロを少し弾くが、最近は聴く専門。CDショップ、演奏会、本屋、映画館が憩いの場で、聴いた音楽などの感想をブログに書く。ここ数年はシューベルトの音楽にハマっていて、「ひとりシューベルティアーデ」を楽しんでいる。音楽のストライクゾーンをユルユルと広げていくこと、音楽を聴いた自分の状態を言葉にするのが楽しい。

    http://nailsweet.jugem.jp/

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