1.MY STOVE'S ON FIRE
(オリジナル:ROBERT LESTER FOLSOM)
2.最低速度を守れ!
3.センチメンタル・ジャーニー
4.燃え殻
5.枯れない泉
6.I WANT YOU, I NEED YOU, I LOVE YOU
(オリジナル:ELVIS PRESLEY)
7.インタルード
8.RING&PONG
9.Red light, Blue light, Yellow light(Album Version)
10.季節の最後に
11.少しでいいのさ
12.MY STOVE'S ON FIRE Reprise
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スローライフは墓場までとっておけ!(「最低速度を守れ!」より)
そんな掛け声とともに、堀込泰行が走り出した。キリンジの弟の方、歌のメチャクチャ上手い方、天然の方、あんまりシニカルじゃない方、堀込泰行のソロ・プロジェクト、馬の骨のフルアルバム『馬の骨』が完成した。あ、今ちょっと勢いで「なんとかの方」と書いてしまったが、弟の方であることは間違いのない生物学的事実であるものの、これまで長年キリンジを聴いてきても、そして何度か取材をしてきても、兄:堀込高樹と弟:堀込泰行の役割分担は自分にとって謎であり続けている。というか、「謎が解けた!」と思った直後に、「え、これ弟の方の曲?」「え、これ兄の方の曲?」というように裏切られることの連続だった。この6月にリリースされた馬の骨のファーストシングル『燃え殻/Red light, Blue light, Yellow light』が出た時も、特に1曲目の"燃え殻"の堂々とした名曲っぷりにヤラれて中毒のように繰り返し聴きつつ、そのあまりの「キリンジの名曲」っぽさに「でも、これがソロである必然性は?」という頭の中のクエスチョン・マークを消せないままでいた。
しかし。アルバム『馬の骨』を聴いた瞬間にそんなクエスチョン・マークは吹っ飛んだ。いきなり1曲目からソフトロックの隠れに隠れた名盤、ロバート・レスター・フォルサの『MUSIC AND DREAMS』(1976)から"MY STOVE'S ON FIRE"をカヴァー! と、これだけ聴くとキリンジ本体で抑えていた個人の趣味性をここぞとばかりに炸裂させた作品が始まるんじゃないかと思う人もいると思うが、そうではない。そもそもキリンジというユニット自体、2人の趣味性を抑圧する縛りなんて一切なかったし、馬の骨がストレスやフラストレーションによって生まれたプロジェクトでないことは、アルバムを通して聴けば誰にでもわかるはず。
この上なくあたたかいストレートなラブ・ソングである"MY STOVE'S ON FIRE"の他に、このアルバムにはもう1曲だけカバーがある。エルヴィス・プレスリーの名唱で知られる"I WANT YOU,I NEED YOU,I LOVE YOU"。そう、馬の骨は堀込泰行がキリンジの時の「照れ」や「恥じらい」を取り除いて、心を裸にしてI WANT YOU,I NEED YOU,I LOVE YOUと歌っちゃうことのできる、そして心を裸にして音の世界に没頭することのできる、新しい「装置」なのだ。
ナイアガラ・サウンドが溢れ出る"センチメンタル・ジャーニー"、トークボックスのサウンドとグルーヴィーなベースラインが新鮮な"PING&PONG"、ザッツ・シティポップ!なシンセ音にドキっとする"Red light,Blue light,Yellow light"などなど、ここでの堀込泰行は一見無邪気に音と戯れながら、でも一瞬たりともシニカルや悲観的になることなく、本当の気持ちだけを歌っている。
堀込泰行はこの馬の骨の活動をどうやら今回一度きりじゃなく、今後もキリンジと並行して続けていくらしい。スローライフは墓場までとっておけ。うん、そういうことだ。
宇野維正(ロッキン・オン・ジャパン)