日本の楽器を知りたい人への助け舟 小島美子
日本は国も狭いし、民族の数も少ないが、音楽の種類はとても多い。千年以上前にできた雅楽から、近現代の津軽三味線や太鼓の音楽まで、各時代の代表的なジャンルが伝えられているし、それらを楽しんでいる階層によっても、音楽の種類がちがうからである。その上、そのジャンルによって楽器がほとんど違う。クラシックでは、たとえばバイオリンはソロでも室内楽でも管弦楽でも、みんな同じである。ところが日本の場合は、たとえば三味線でもジャンルごとにちがった音色を求めて改造してきたから、長唄の三味線を義太夫や清元などに使うことはできないのである。
そういう日本の楽器を知りたい人は少なくないだろうし、とくに和楽器を教えねばならなくなった中学校や高校の先生方は、何を選ぼうかと迷っておられるだろう。そういう方々には、このシリーズは好適な助け舟である。主な楽器が名演奏で並んでいるからである。これをじっくり聞いて、一番なじめそうだと感じた楽器から近づいていけばいいのである。今度の新しい学校教育の指導要領はそういう先生方の自由な選択を許し、尊重しているからである。
日本の楽器の特色 竹内道敬
日本の楽器の特色は、簡単にいうと次の五つになろう。
第一はその種類が多いことである。諸外国にも多くの楽器があるが、それは民族の数が多く、またそれにともなって言語の数も多かったからで、日本のように、ほとんど単一民族、単一言語の国で、これだけ多様な楽器があるのは珍しい。さらにひとつの楽器を使う音楽にもいろいろな流派があり、細かく分けられる。たとえば同じ三味線でも、棹の太さ、駒や撥(ばち)の大きさ、糸の太さなどで違う。これは第三の理由と関係が深い。
第二はその多くの楽器が、自然の材料をそのまま使ったものが多く、金属楽器がほとんどないことである。雅楽が伝来してきた時、金属製の楽器も輸入されたはずだが、鉦鼓(しょうご)を除いて定着しなかった。金属楽器といえば、わずかに民謡で使われるチャンチキ(コンチキ)、歌舞伎の下座音楽で使われるオルゴールくらいしかない。しかもこれらは主たる楽器ではない。
第三はそれぞれの時代に成立した音楽と楽器が、ほとんどそのまま現在でも伝承され、使われていることである。6世紀から8世紀にかけて大陸からさまざまな音楽と楽器が伝来し、それらをもとに雅楽が成立する。中世には平家琵琶や能狂言が成立する。近世になると三味線が伝来して、三味線音楽が成立する。箏曲も生田流、山田流が生れ、近代になると尺八に郡山流が生れ、薩摩琵琶や筑前琵琶が生れる。新しい音楽は新しい楽器を使うのだが、それ以前の音楽・楽器も、現在まで伝承され、使われている。
第四はこれだけ多くの楽器がありながら、器楽曲がないことである。雅楽や能の囃子、あるいは箏曲の段物、三味線の合方など、器楽曲のようだが、伝承形態や演奏法をみると、これらはすべて声楽曲である。日本には、ヨーロッパ音楽のように共通の楽譜がなかったし、作曲の専門家もいなかった。独自の楽譜はあったが、それは記録が目的で、伝承は口頭伝承、演奏の基本は唱歌(しょうが)というオノマトペ(擬態語)で行われた。ピーヒャララ、チントンシャンの類である。
第五の特色は、以上のようないわば芸術的音楽のほかに、地方独特の音楽、楽器もあることである。沖縄の三線(さんしん)や津軽三味線、太鼓、あるいは祭礼に使われる楽器などには、違った形をしたものがかなりある。なお仏教で使われる楽器については触れなかった。
(「日本の楽器」CD解説文より)
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